最近買った文庫本。
夏休みの読書感想文書かなくちゃ。
著名:『カッシーノ!』
著者:浅田次郎
出版社:幻冬舍アウトロー文庫
ヨーロッパ中のカジノを浮いたり沈んだり漂っている旅を綴った紀行文。
博打ではなく非日常への漂泊(遊)に焦点を当てている。
というかカジノという社交場を透かして見えるヨーロッパ文化に対してのあれこれを書いているといったほうが早い。
作者はギャンブルの指南書、カジノのマニアックなガイドブックになると幸いであると書いているようだがそれは全くの無理、無茶、無謀。
この分野の先駆者であろう阿佐田哲也(色川武大)のカジノものとは相当違う。
ゲームの種類や定石、ポイント、楽しみ方などは何も記されてはいない。
強いて言えばヨーロピアンスタイルとアメリカンスタイルのルーレットの違いだけをクドイ程書いてあるだけ。そんなこと只のサラリーマンだって知ってるっつうの。
ちなみに阿佐田哲也は博打ブってる時に文学やら歴史やらに思いを馳せる事は無いであろう。
ただドンブリの中に入っている金をもぎ取る事だけ、負けたときは金を払わないで逃げる方法を考えているはずだ。
更には自分のねぐらに帰るまで勝ち負けは確定しないと警戒しているはずだ。
もっと突っ込めば死ぬまでにトントンちょい浮きになれば上々…とも言ってる。
どちらが”博打”に対するアプローチとして純粋だと言えるだろうか?
そこから目を背けてカジノは文化だのなんだの言っても説得力無い。
余談ではあるがこの人がカジノ行ってバカラ打たない理由が見つからない。
イメージ悪すぎで出版社からストップ掛かったのか。行間にも臭わせていない。
ここらへんに最近の浅田次郎が過去として脱ぎ捨てようとしているものを感じる。
庭自慢をしてみたりして文化人という人種になりたいのかな?この人は…。
なんか興奮して色々書いたけど綴ってある内容は面白いです。
※後になって気づいたが、これダイヤモンド社が出したんだった。
そりゃ色々しょうがないわな〜。スマヌ。
著名:『JAZZとびっきり新定番500+500』
著者:MOONKS
出版社:大和書房
JAZZの入り口(今もなお)でかなり参考になった寺島靖国が出した最新刊と同じ出版社という事で目に留まった。平積みを衝動買い。
自分的大はずれ。
これ読んでもLP、CDを探そうという気が全く起こらなかった。
資料としても全くの期待外れ。表記している内容に一貫性が見られない。
明らかにシッテルヒト向けの本です。
それにしてもアルバム紹介中の小欄の穴埋めに主題と関係が薄いアルバムまで出すとはこわいかに?
折角の印象が薄まってしまう。
マニュアル本的なものに頼っている自分が悪いといえばそれまでだが、
今年に入って投げ捨てたくなった本2冊目。
中身は”読まない”でジャケ写を”見る”本にしよう。
著名:『水滸伝 十一 天地の章』
著者:北方謙三
出版社:集英社
未読。
またこの巻でもばったばったと死んでゆくのだろう。
この人は三国志でもそうだったが人の散り際に無用なドラマを織り込まずバッサリとやってしまう。主要な人物でもそれは変わらない。そこが癖になる。
ストーリーも大分進み、梁山泊という夢を実現してゆく事に対する畏怖・焦燥・不安、非現実感、ときには倦怠までも登場人物に直接語らせている。
夢が美しいのはそれが夢であるからか。現実になったらそれは既に美しくはないのだろう。
烏合の衆→組織化→組織の肥大化という組織のありかたの変遷についても考える所が多い。
著名:『竜馬がゆく (一)』
著者:司馬遼太郎
出版社:文藝春秋社
未読。
無性に読み返したくなった。夏休みという事で全巻在庫は潤沢のようだし、実家に取りに行くのめんどいんで買い直し。
これを読むまでは”幕末”という時代にあまり興味を持てなかった。
自分の中で近現代と戦国・安土桃山時代〜江戸時代とは連続性を持たず、各々が分断された独立した時代であるとしか捉えられていなかった。
そんなアホな自分の目を開かせてくれた一冊。
週末は本腰入れて読むとするか。
追記@8/25
水滸伝11巻はラストでターニングポイントを迎えた。夢はどこに向かう?
竜馬がゆくはその後1日1冊のペースで買い進む。寝苦しさと相まって寝不足の日々。
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