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原作と映像脚本

最近ちょっと面白いと思っていたドラマが先週末終わった。
時代劇『よろずや平四郎活人剣』である。

時代物が好きなじじむさい自分としては見逃せないと思う反面、
変にこねくり回されたモノだったら見たくないと少し警戒していた作品だった。
怪作の誉れ高い?『逃亡者(のがれもの)おりん』の後釜だった事も影響していたはずだ。

結論として非常にまとまった良い作品であったと自分は思う。
最大の理由は原作の空気をブチ壊していない事。というか多分愛情に近いモノを感じた。

これは自分だけでもないようで、最近評判の良い原作付きドラマは原作をブチ壊さずに忠実に追っかける作品が多いようだ。

まあドラマの脚本家にも色々な言い分があるんだろうが、原作からフラフラ離れていった作品でこれは良い!と思ったものを自分はとんと知らない。
原作を借りるならばせめて最低の条件として原作に対して敬意を表するべきだと思う。

自分なりの解釈?自分なりの表現?(ここでいう自分はドラマ脚本家)
そんなものはいらないよ。
そんな事考えて進めた仕事は間違いなく消化不良を起こす。
原作を脚本として起こすだけで本当は手一杯のはずだ。

もしかして原作に忠実な作品は”クリエイティブじゃない”とでも思ってるんだろうか?
変にこねくり回した挙げ句、”これは自分の作品だ”とでも思っているのだろうか?

自分だけの物語を作りたいのなら自分が苦しんで物語を描けば良い。
ゼロからイチを生み出せば良い。
生みの苦しみを慮る事が出来ない人は最早表現者とは呼べないだろう。

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